あの死骸の男には、確かに昨日《きのう》遇《あ》って居ります。昨日の、――さあ、午頃《ひるごろ》でございましょう。場所は関山《せきやま》から山科《やましな》へ、参ろうと云う途中でございます。あの男は馬に乗った女と一しょに、関山の方へ歩いて参りました。女は牟子《むし》を垂れて居りましたから、顔はわたしにはわかりません。見えたのはただ萩重《はぎがさ》ねらしい、衣《きぬ》の色ばかりでございます。馬は月毛《つきげ》の、――確か法師髪《ほうしがみ》の馬のようでございました。丈《たけ》でございますか? 丈は四寸《よき》もございましたか? ――何しろ沙門《しゃもん》の事でございますから、その辺ははっきり存じません。男は、――いえ、太刀《たち》も帯びて居《お》れば、弓矢も携《たずさ》えて居りました。殊に黒い塗《ぬ》り箙《えびら》へ、二十あまり征矢《そや》をさしたのは、ただ今でもはっきり覚えて居ります。
あの男がかようになろうとは、夢にも思わずに居りましたが、真《まこと》に人間の命なぞは、如露亦如電《にょろやくにょでん》に違いございません。やれやれ、何とも申しようのない、気の毒な事を致しました。